2015-05-25 03:30:10

アバ / ザ・ムービー 1977  1/2

コンテンツタグ:エンターテイメント 
※この動画はDailymotion様から引用しています。元動画先
動画詳細

00:00 Please Change Your Mind
プリーズ・チェンジ・ユア・マインド
03:41 Hole In Your Soul
ホール・イン・ユア・ソウル
10:32 Tiger
タイガー
13:39 SOS
S.O.S.
16:03 Money,Money,Money
マネー、マネー、マネー
19:35 He Is Your Brother
ヒー・イズ・ユア・ブラザー
22:45 Intermezzo No.1
インテルメッツォ・ナンバーワン
26:51 Waterloo
恋のウォータールー
30:25 Mamma Mia
マンマ・ミーア
34:37 Rock Me
ロック・ミー
37:26 I've Been Waiting For You
アイヴ・ビーン・ウェイティング・フォー・ユー
42:25 The Name Of The Game
きらめきの序曲


Tout ce que tu qardes en toi de connaissances distinctes restera distinct de toi jusques à la consummation des siècles. Pourquoi y attaches-tu tant de prix?
LES NOURRITURES TERRESTRES, LIVREⅠ-Ⅰ 1897 André Gide

 上の動画では、レンタカーから流れているカーラジオからの字幕がありませんが、アバのベニーと同い年である1946年生まれのスゥエーデンの映画監督、ラッセ・ハルストレム監督の作品には、『ヒプノティスト-催眠- Hypnotisören 』(2012)があって、カーラジオからの音声の演出についても無意識にされているとは思えず、何らかの催眠効果を狙ってのことだと思われるので、一応、訳出しておこうかと思います。
 カーラジオからの音声は以下の通りです。渋滞に巻き込まれたアシュレーが苛立って、” Move! ”と叫んだ直後からです。
- The biggest pop group ever...The group's arrival in Australia has been accompanied by a blaze of publicity. According to the promoters, they're bigger than тhe Beatles. And with an entourage of 105 people- they're almost twice as big as The Rolling Stones concert. While they're here they'll perform eleven concerts in ten days--to an estimated 140,000 people. ABBA are obviously very big business-- and the organizers are treating them like royalty. They've even arranged a civic reception for them in Melbourne.
 訳出すれば、「これまでで最大のポップ・グループ…そのグループのオーストラリアへの到着は知名度の火に油を注いで来ました。興行者によると、彼らはビートルズより大きいです。105人の付き人たちを伴い、ローリグストーンズのコンサート規模のほぼ2倍です。彼らがオーストラリアにいる間、10日間で推定14万人とされる11のコンサートを行います。アバは明らかに非常に大きなビジネスで、主催者は彼らを王族のように待遇しています。主催者は彼らのためにメルボルンでの市民歓迎会さえ手配しました。」といったところでしょうか。
 ここで、映画を観ている人たちは、「 あれっ! 」と無意識的に気が付くわけです。「無意識的に気が付く」というのも変な言い方ですが、漠然とした違和感がそれとなく心の裡に生じて来るわけです。確か、2TWラジオ局のマネージャーはアシュレーに「一週間後のPM7:30からアバのスペシャル番組をオンエアする予定だ。」と言っていたのではないか、と。
 それならば、アシュレーはアバがオーストラア入りして4日後から取材を始めたのだろうか、と思ったりしますが、映画はアバがシドニーの空港に到着した時から始まっている。ちょっとした心理的混乱が、カーラジオからの音声によって惹き起こされるわけです。
 それと同様なことが2/2の方でも起きます。街頭インタビューをしているアシュレーの方に自分の方から積極的に「ちょっと君、私がアバに関するちょっとしたことを教えてあげましょう。」と言って話しかけて来た老人がいました。2/2のタイムラインでは11:05~11:25に当たるところです。そこのところで、野暮ったくも小生は「*14章の勘違いか」と注釈字幕を付けてしまいましたが、ラッセ・ハルストトレム監督は承知の上だったのでしょう。老人に「第16章」と語らせたのは、キリスト教関係者の間で「マルコによる福音書」第16章に関する真偽が問題になっていたからだと思われます。やはり、ここでも映画を観ている者の裡に現実と虚構のあいだの乖離と言いますか、軽い眩暈が生じる効果を狙ったのでしょう。
 ABBAの命名の由来については、スゥエーデンの缶詰会社Abbaから来ていることはファンの間では周知の事実です。なるほど、レコード盤というのは音を保存しておく《缶詰》であって、聞きたくなった時に缶を開ければ良いのですが、もしかしたら、その缶詰会社の名称が「マルコによる福音書」から採られた可能性は残ります。
 ラッセ・ハルストレム監督は、この映画を現実とは一線を画した、単なる記録映画に止まらない、一つの独立した作品として考えていたようで、それは、アシュレー・ウォレスにラジオ局マネージャーが、アバのスペシャル番組の企画の話を持ちかけているシーンで、「ドキュメンタリー?その言葉を使ってくれるな。」(上の動画で03:34)と言っていることからも伺えます。
 ところで、この映画の撮影の題材となったABBAのコンサートですが、Wikipedia(European & Australian Tour (ABBA)の項目)によれば、” Souvenir programs for ABBA’s European & Australian Tour 1977 ” と銘打たれたこのツアーは、アバの2回目のワールドツアーで、1月28日のオスロ(ノルウェー)を皮切りに、3月12日のパース(オーストラリア)に至るまでの期間、行われました。一行は、ヨーロッパ圏での最後の公演を2月14日にロンドンで行った後、次のオーストラリアでのコンサートに備えて、一旦ストックホルムまで戻りました。117人の取り巻きに含まれる、マネージャーのスティーグ・アンダーソン、映画監督のラッセ・ハルストレム監督たちが、ボーイング727でシドニーに到着したのは2月27日のことだったようです。
 映画フィルムに収められているのは、3月3日~4日のシドニー、5日~6日のメルボルン、3月8日のアデレード、3月10日~12日のパースでのコンサートの模様です。この点でも映画でアシュレーが回った順序だった、シドニー→パース→アデレード→メルボルンとは異なっています。ラッセ・ハルストレム監督としては、ムーンバフェスティバルで活気づいた、大勢のメルボルン市民が参加した歓迎会の賑わいを最後にもって来たかったのでしょうか。あと、細かい点では、カーラジオからの音声では、「105人の付き人」と言っていたところが、wikiでは「117人の取り巻き」になっていたり、「推定14万人の観衆」と言っていたところが、「16万人」になっていたりします。尤も、ラジオでの放送の方は、事前の推定値ということで演出されていますから、違っていて当たり前といえば当たり前なのですが。
 因みに、Wikiによると、ABBAが初来日したのは、1980年3月のことで、これが最初にして最後の日本での公演ということらしいです。 2015/06/09